今、ふと、
自分、いま、生きてるんだよなあ、と思いまして。
いや、当たり前なんだけど、でも、当たり前でもないような。
・・生きてるよね?私(笑)
自分が生きてるんだよなあ・・?
と思うようになったのは、中学頃かな。
存在するということについて、若干の疑いをかけだしたのですよねぇ。なぜか。
手のひらを見て。
グーしてパーして。
手のひらのしわをじーっと見て。
左手を右手で触れてみて、たしかにここにあるよな。ここにいるんだよなと。
分かっちゃいるのに確認。
で、いや待てよ、感覚があるからと今ここに存在しているとは限らない。今はもしかして夢なんだろうか?
触っているけど実際の感覚はなくて、でも、こういう感じというイメージだけは持っていて、それが現実と混在しているだけではないのだろうか?
とか、思ったりしていました。というか今も思います。
心底そうなるというよりかは、そういう考えとかも面白いよなあ、という空想?の世界が好きなんだと思います。
考えるだけなら無限だもの―。その無限さがすきなのー。
答えのない答えを追い求めるのが好き。
というか、答えがこれ!というものは、厳密にいうとないともいえるきがする。
でもあるい程度の規則やルールはどうしても、必要になってくるものね。
なにがきっかけとかじゃなく、本当にふとした時に考え始める。
ふとした時。の、「ふ」とした・・なにしたんだろね( ̄∀ ̄*)
語源はなんだろ?
もうね、おそらく頭が永遠の3歳児なんだろうと。
3歳児は、なになになんでなんで期で、あれなに?なんであるのー?えーなんでー?ってエンドレス。
でもそんな空想好きな自分は嫌いじゃないのだ。
今私が、ここにいること。
地球の中の日本という国の静岡県の浜松市の浜北区の-以下自粛-にいるということ。
今この瞬間いるということ。
きっといみがあるのだろうな。
いや・・・
意外と、なんの意味も重要性もなく、地図にダーツ投げて、ハイ、この子はここー。って決められただけかも。
それはそれでおもしろいから、いっか(*゜▽゜)ノ
さて・・寝よ(笑)